転院した母が少し落ち着いて

転院する時は相変わらず車移動を嫌がり大変だった。
昨年夏までは黄色で止まると怒り隣の車に抜かれると車線を変えろと言っていたイケイケ母だったのに自転車と並走しても早いと怖がる。
 え。私母に急かされて何回交通違反したかわからないんですけど
それは置いといて
 随分変わるんだなあ。
前に頭打ったり腰痛だの頻尿だので別の病院へ行った時もそうだったけど
知らない病院へ行くと怖がって動き回ったり、白衣の人を捕まえて離さないとか
かなり挙動不審と、食欲不審になる。
 今日病院から電話がきて、ようやく母が少し食べられるようになって栄養の点滴が取れた。
母と電話できた。
 声が母と違うみたいに興奮してて、トーンが高い。
「○子!」何回も私を呼ぶ母・・・
思わず泣いた私に、
「お兄ちゃんに何かされたの」と聞く母
「違うよ。元気よ。ママに会いたいからたくさん食べて歩いてね」
先生に電話が変わる。「さっきまで普通だったんですけど久しぶりで興奮したみたいですね」
 少ししてもう一度母に変わる。
「会いに行くからね」(オンラインだけど多分ママに意味わからない)


涙が止まらない
母が元気で嬉しい
でもすぐ横になりたくなるらしい
血圧の薬が減り、血液サラサラの謎薬もやめたとのこと
昨日一昨日の事は覚えているけど、前の病院にいた時の11月12月の事は全く覚えてない事
先生から教わった


このところ毎日めまいがして
めまい止め飲んで安定剤飲む私
 80すぎたら認知症になる可能性とか、高齢だからいつ何かあってもとか
コロナだから高齢者が亡くなるのはもう弱ってるからとか
 そろそろ気持ちを落ち着けて諦めたらと言う友人
 自分が大事だよと言う友人
わかるけど 私のために言ってくれてありがとうでも
ただ1人の大事な母なんだよ

転院する方向

三ヶ月入院して薬調整してもらったら帰宅するんだと一抹の期待などして
母のお気に入りの服などシミ抜きしたりしてて
今入院ひと月半くらいなんだけど
転院の話がでた。
 夜になると看護師さんから母が困ったちゃんなんです的連絡きたり
すぐ駆けつけたほうがいいのか聞くとそんなこともないと言う
 そんな事が度々だったり、面会にいくと看護師さんから愚痴を聞かされたりしてて
もしかして母が困った人だから転院させられちゃうの?と勘ぐってしまう
 病院側としては母がだいぶ回復モードなのでこのまま病院を変えたほうがいいとか言うんだけど新しい病院では特にリハビリなどしてくれるわけではないようだし
 母のための転院なら、とりあえずたらい回しみたいにならないようになるべく慣れた病院でゆっくりさせて欲しいのだけど・・・
 相談すると、もうこちらの病院ではやれる事がないと言われ
連れて帰るには母はまだ夜中に叫んだり動きまわろうとしたりと拘束がとれないし
危ないし1人で診るのは無理があると言われる(実際私倒れたし)
 理性ではわかっているけど・・・。悲しい・・・
承諾したけど。
面談で説明され、希望を言うと当病院には無理です(他所を当たって的な感じ)と言われてしまう。
 何箇所かいろんなところ下見してきたけど、
 結局どこに行っても同じなんだろうなと思い希望しますと書いてきたけど。。。
私が耐えられないポイ
いきなり声を上げて泣き喚いたり
無茶苦茶に物を捨てたり売ったり
自分の髪をいきなりざっくりショートに切り刻んだりしちゃう
私も一緒に精神病院に入りたいよ・・・

PTSDじゃないか

母が急にすごい勢いでぐるぐる動き回ったり誰を捕まえて話さないのが難儀だった
最大の問題点。
認知ではよくあることの一つとして分類されていたわけですが。
薬の調整をしていただき、母の意識がはっきりするにつれて
動き回る前に「怖い」と叫ぶようになりました。
 よく話を聞いてみると「男が(自分の部屋に)入ってくる」「英樹」「音がする」
つまり、父が亡くなって一週間もたたない頃兄が朝4時くらいに母の寝室に入ってきて
「この家を売って二で割ろうぜ」「お前らと生活したくない」などとくだを巻き
母が毅然と断ると今度は腹いせに階下から母の寝室をゴルフクラブか何か長い硬いもので
天井に向けてどんとどついていたことじゃないのか?
 母はあれから大きな音も男性の荒げた声も聞くのが嫌で私が刑事のドラマを見てたりして「待ちやがれ!」など乱暴な声を聞くと「テレビを消しなさい」と言ったり、
何かが落ちて<どん>みたいな音がすると怯えていました。
 いまだに・・・来年は7回忌と言う6年も母は兄の仕打ちに怯えているんだ
そして大金を兄に取られてしまい老後の計画が大きく崩れた
 オレオレ詐欺なんて可愛いもんだよね金額です。
お金を出すと「まだ持ってやがったのか」と怒られる理不尽に耐えてきた。
会社が大変で手形が割れないと言うのでお金を出しても、手形が割れた頃返金を催促すると「ふざけんじゃねえ」と怒鳴っていて
兄嫁が言うには愛人が赤坂のキャバクラ?に移った時借金を肩代わりしたそうだ
 会社の給料は全額貸付で兄は1円もお金を貰わず姉は専業主婦で
父のクレカを勝手に使い会社のクレカで生活しあまつさえ愛人常に2人そのほかに
手を出した女性は従兄弟の会社の子から息子と同年代の子まで幅広く性病検査は3回、うち二回は嫁にうつしたとか色々思い出してくる
ベンツ乗って飲み屋へ行き代行で帰宅していた兄
ブラックカードまで持っていた兄のお金の元は母


怒りが込み上げてくる


でもね
意識がはっきりしてきたから
「○子、来たのね」とか「アクセサリー綺麗ね」とか会話が再びできるようになりました。
とてもとても嬉しくて
母からもらったアクセとか母と一緒に買った時の服を着ていくと覚えてて
カチューシャを「覚えてる?」と聞いたら
「有馬稲子さんとお揃いだったの」と返してきました。
そう、母が買ったカチューシャ、偶然テレビに出ていた女優さんと同じだったのです
 そんなことを覚えているんだ・・・!!
と嬉しくなった私は常に母が覚えてる服装をしていくようになりました。
「シャネル綺麗ね」と言ってくれるのでシャネルのアクセをつけて
病院には不似合いな格好だけど
母が喜んでくれる姿でいく
お化粧してアクセつけて母の前では泣かないように笑顔を見せて
母も笑い返してくれる
「荷物大変ね、気をつけて帰ってね」と言ってくれる母に後ろ髪ひかれながら
「また来るね」と手を振り合う
私は幸せなんだと思う