正直小さい頃から欲しいものは買ってもらえず、
高価な母の好みのものを買ってもらう理不尽な贅沢をしてきて
母の筋金入りの性格には辛い思いをしてきました。
小学生の頃、ブランドの服を着せられ、汚さないようにと近所に出かける前に言われ
ブランコも滑り台もできずみんなが遊んでるのを眺める日々に嫌気がさし
それでも絶対命令のブランド服を辞めることができず、体操服に木陰で着替えるようになりました。
人生で一番嬉しかった、大好きな漫画で入賞した時。
漫画で賞をとり、編集部から電話がかかってきた事ですが、
母が電話で怒鳴っている、誰だろうと思ったら
「こんなに恥ずかしい思いをした事はない」「漫画だなんて本当にうちの子が?」
「2度と電話をしないで下さい」
のような内容から少なくとも私が投稿した漫画に何らかのアクションがあっての電話と分かったのです。
当然そこまで反対されてるのなら、と研究生の話はなくなり、
喜びより悲しみで、先方に謝り続けて終わりました。
とにかく逆らえなかった強い母。
怒ると血圧が上がり具合が悪くなり、あなたのせいで具合が悪くなったといく日も攻められるので家ではダンマリな子供でした。
なので、よく「何その目は。言いたいことがあったら口で言いなさい」と怒られました。
友達と遊ぶのが私の救いで、外では明るかったのですが
家では暗い子供でした。
そんな怖い腫物に触るような母です。
大人になってからは
の顔が真っ黒で汚いからとか、ちゃんとしないとみっともないと言われて毎日化粧していました。
それから年月が経ち、
老いた母は私が化粧をすると
「綺麗ね」と言ってくれるようになりました。
今更、とか、一番愛してた長男と断絶したから残った私にすがるようになったのねとか
複雑な思いは消えませんがやはり母なので。
笑ってくれると嬉しいし喜んでほしい。
今日も私は朝から化粧をします。
馬鹿だなあ、私。